やっぱりスケーラビリティ2

 

以前、スタートアップ時のスケーラビリティについて考えました。

 

小さく小さくスタートしつつ、その先に大きな事業の発展性を描く。しかし、小さく事業をスタートすれば、やはり事業の拡張性にも自ずと限界はあるわけです。ですから、小さくスタートすることと、事業の発展性を両立させる事は難しい。そんなことを記載しました。

 

ここで、事業の発展性と言っている場合の発展の程度とは何を想定しているのか、と言えば、それは東証一部への上場レベルを想定しています。

 

東証一部への上場基準はいくつかありますが、その中の1番分かりやすいものを取り上げます。

 

それは、最近2年間の利益で、最初の1年が1億円以上で、直近の1年間の利益が4億円以上ということです(利益に関する基準では、これ以外にもう1つあり、そのどちらかを満たしていれば良いということです)。ここで言う利益とは税引き前の利益を指します。

 

税引き前利益ですから、特別損出等を計上しなければ、ほぼ経常利益のことだと考えて構わないと思います。そういうことで、経常利益が上場前の1年間で4億円以上あるか、という点が、まず東証一部IPOを果たすための1つの分かりやすい指標になります。

 

ここで、自分が以前話していた、スタートアップは資源がないから、当初は資源がなくても始められる事業で労働集約的な闘いを展開せざるを得ないと言いました。この労働集約的な事業というのは、大体の場合、代理業であったりします。そして、この代理業・卸業ビジネスというのは、経常利益3%未満であることがほとんどです。

 

なぜなら、そもそもの粗利が10%~20%と固定的で、その粗利の中から人件費及び管理費等を捻出することになるからです。組織規模が大きくなればなるほど、人件費等の固定費は増えていってしまい、ますます利益率を減少させます。

 

さらに代理ビジネスは、参入障壁は低く、極限すれば誰もが始められるビジネスとなるので、価格競争が始まってしまい、最終的には粗利を削ることなります。規模の大きな代理店は、経常利益率が1%を切ってしまう理由は、人件費が膨らむこと・粗利を削ってしまうこと、この2点にあります。

 

仮に、経常利益率が1%を切ってしまっている事業体であるならば、東証一部への上場基準として400億円以上の売上が必要となります。0.5%となれば800億円が必要になり、0.1%なら4000億円を必要とします。こんな風に、利益率が、毎年1%未満である事業体が、東証1部へと上場しようと思うのならば、少なくとも400億円以上の売上高を必要とするわけです。労働集約的な事業体で、最低400億円以上の事業体にしようとする闘いは、非常に苦しいです。

 

それでも、スタートアップは、当初は資源がありません。ですから、スタートアップはハイエナのようになり、大企業たるライオン達が食べ残した餌にもくらいつくような非情さで、自分達のお腹を満たそうとしなければなりません。つまり、代理業であろうが、下請けだろうが、バイトだろうが、とにかく、仲間のお腹を満たしためにハイエナのようになり、自分だけの生態圏を創り続けることに、力を向けなければなりません。

 

それは、創業者自らの動きで、一族郎党のお腹を満たしつつ、とにかく新たな生態圏を創ってもらうように努力してもらうように仕向けるこということです。もちろん、新たな生態圏を創る際には、2年~5年くらい、その生態圏からは餌を収穫できる目途がたちません。ですから、創業者はハイエナとして最低2年~5年は、這いつくばらばければなりません。

 

こういった努力によって、もし、自分達だけの生態圏=プラットフォームもしくはメディアを築くことができれば、利益率50%以上のモデルを描くことだってできます。

 

利益率50%以上のモデルを描くことができれば、IPO基準を満たすためには、売上高8億円以上となります。

 

どちらを目指すか、という2項対立的に考えるものではありませんが、やはりスタートアップは、自分達だけの生態圏を創るために多大な力を差し向けるべきだと思います。そのために、創業者は、自らがハイエナになる覚悟を問われ、そして、その他の従業員には、新たな生態圏を創る方に実務を向けさせなければなりません。創業者は、自身をハイエナにしつつも、その先のビジョンを語れなければ、そもそも問題外である、と言えるのではないか、と強く思います。

 

 

シンゴ・クリハラ

 

人モノカネは並列ではないことについて

 

人モノカネの前提は、人とモノ、カネを同列の関係で考え、それぞれを別個に論じるべきだと言われているような気がしてなりません。でも、それって本当に正しいのか。

 

人には技術力があります。人には情報を収集・編集する力があります。人には生産する力があります。人には構想する力があります。人モノカネではなく、とにかく「人」がモノカネよりも概念的に優位であると思う理由はここにあります。

 

 

 

技術は有形・無形であれ、プロダクトを生み出します。情報は競合を出し抜くための材料にもなれば、来るべきトレンドに乗れるきっかけになります。生産によってプロダクトはお金に変換されます。構想はビジョンを策定し、進むべき道筋を示します。人によってしか、モノもカネも生み出されないと思います。

 

人モノカネという経営観で色々と事業を語ってしまうと、特にスタートアップでは痛い目に合う気がします。

 

 

シンゴ・クリハラ

忍耐

 

ある経営者の話では、経営に最も必要なのは忍耐だと、言っておりました。

 

その通りだなぁ、と思いました。ビジネスアイディアは、ほとんど失敗します。それは、やり方の問題かもしれないし、ビジネスモデルの破綻かもしれないし、資金の問題、スキルの問題、ニーズの問題かもしれません。とにかく当たらないのです。確かユニクロの柳井氏も1勝9敗と言いますが、こちらの思い通りにいかないのが経営であって、「ココだ!!」というポイントを見つけるまで、耐えて耐えて耐え続ける力=忍耐が必要、だということです。

 

特にスタートアップでは、資金がないので、仮に1つ大きな失敗を犯してしまったら致命的になるわけですから、1発で事業体が死なぬように小さく行うことが大事であることは間違いありません。しかし、スタートアップというものは大きな夢を描いてスタートしていることがほとんどですし、シリコンバレー等の成功物語ばかりを見聞していますから、小さく初めて、いつまでたっても小さいままでいるのは、「俺は一体何のために、こんなことをやっているんだ」と、必ずどこかで振り返ってしまうはずです。世間からは社長などと言われますが、小さな事業体であれば、大企業のサラリーマンより年収も少なければリスクも大きい。結局、そういう状況であっても、現状に満足せず、しかし現状を受け入れ、常に機を伺う「忍耐」が必要になります。

 

こういう忍耐の大切さを実感できるのは、自分が事業体を継続させていくための「忍耐」が欠けていたからこそ、今、とても強く、この大切さを思います。そして、この忍耐を支える源泉とは何か、と考えるのですが、きっと、それは事業体そのものの意義、そして忍耐そのものの意義を認識しているかどうか、であると考えるようになりました。耐えようと考えています。

 

シンゴ・クリハラ

やっぱりスケーラビリティ

 

やっぱり、なんといってもスケーラビリティを描けるかどうか。ここにスタートアップの肝があるような気がしてなりません。

 

ただし、そのスケーラビリティは事前に計画できるものなのかどうか、という点は分かりません。

 

一方、これまで語ってきた通り、単純なビジネスモデルの世界では、情熱とスキルと時間があれば、何とかビジネスを継続させていくことは出来たりするわけです。しかし、この単純なビジネスモデルの世界では、成長曲線はヒトの増加と共にしか描けないわけです。というか、多かれ少なかれ、事業の成長には、全てヒトが必要なわけですが、単純なビジネスモデルでは、特にヒト(社員数)の中にしか成長余力を見出すことができない。

 

メディアやプラットフォーム、プロダクトを所有していれば、ヒト(社員数)の中ではなく、コンテンツや仕組み、顧客といった中に成長余力を見出すことができます。だからこそ、そこに、壮大で急激なスケーラビリティを描くことができ、利益率の上昇も見込めるわけです(ヒトを増やし続ければスケーラビリティを描けるでしょ、と言われそうですが、人材が流動化しやすいベンチャーにおいて、この発想は非常に危険だと思います)。

 

問題は、このスケーラビリティを可能としたコンテンツや仕組みは、どういった背景の中で育っていくものなのか、ということです。スタートアップには、強大なメディアやプラットフォームを作れる力量や資金体力がないことがほとんどですから、通常は単純なビジネスモデルの世界で、労働集約的な闘いを仕掛けるのが、通常であります。

 

ただし、この労働集約的な闘いは、続ければ続けるほど、そこに吸い込まれてしまう嫌いがあり、結局、疲れきって事業を畳むか、大企業に吸収され下請け的な立ち位置で、大企業の恩恵を受けながら、これまでよりは多少楽して儲けられるか、という末路に進むことが多いように思えます。ですから、僕としては、事前に「繊細かつ大胆なスケーラビリティ案」を保有していなければ、なかなかどうして独力でスタートアップをIPOレベルにまで持っていくのは難しいと考えるわけです。

 

こういう背景もあり、現実的にスタートアップは単純なビジネスモデルしか出来ないのであるから、単純なビジネスモデルとスケーラビリティを両立できる妙案はないか、と考えた次第ですが、この発想自体が現実的ではないのかもしれません(いや、まだ諦めたわけではないけど、色々なベンチャー経営者とお話をさせて頂く中で、これは中々難しいなと思い到りました)。

 

そこで、大事になってくるのが組織力の活用であると考え始めました。つまり、組織力を活用して、考えの垂直分業を行うということです。つまり、単純なビジネスモデルと複雑なビジネスモデルの担い手を分業させる。しかし、この分業を成立させるためには、2つ条件があります。1つは、単純なビジネスモデルによってもたらされる収益で、少なくとも1~2年は会社を切り盛りできなかればならないこと、2つは、複雑なビジネスモデルを考える人が単純なビジネスモデルに時間を取られないようにすることです。

 

特に2つ目の条件は、スタートアップでは難しいことが多いと思います。というのも、スタートアップには優秀な人材が少ないので、ほとんどの場合、単純なビジネスモデルの一番の稼ぎ頭が、複雑なビジネスモデルを考えられる能力を持った唯一の人であることが多いからです。ですから、優秀な人間が社内に2人でもいれば、まだマシなのですが、それが、相当難しい。逆に2人いれば、どうにかなるかもしれない余地が存在するのかもしれません。欲を言えば、3人いればね。

 

長くなり過ぎたので、また続きは後日に書きます。

 

シンゴ・クリハラ

ウェブビジネスにおけるスケーラビリティ

 

これまで、色々と自分の失敗経験を基に検証をしてきました。今回の記事は、検証というより一般論の話になると思い、検証という題にしていません。

 

さて、ウェブビジネスにおいて、いかにしてスケーラビリティを描くか、ということは非常に重要な問題となります。

 

前回の記事でも記載させていただきましたが、プラットフォームなどと言ったところで、そう簡単に構築できるものではないのです。ですから、スタートアップ(事業の立ち上げ段階)では、資金も能力も少ないのが通例ですから、あまり世間で騒がれている流行に流されずに、いかに単純なビジネスモデルでスケーラビリティを描くか、ということに全能力を傾けた方が賢明ではないか、と考えます(もちろん、web技術とお金、洞察力があれば別です)。

 

そこで、ウェブビジネスにおけるスケーラビリティを描く際のキーワードをいくつか考えてみます。

 

  1. ネットワーク外部性(ユーザー数が増えれば増える程、ユーザー1人あたりの価値が増える)
  2. 一対多
  3. テンプレート化
  4. 外部資源の活用
  5. 模倣及びマッシュアップ

 

上記のキーワードを念頭において単純なビジネスモデルを描くことで、スケーラビリティが描けるかもしれない、と考えます。

 

また後日、このことについて考えてみます。

 

シンゴ・クリハラ

検証4

 

※自分が行おうとしていた事業について、固有名詞等を語ることはないので、何が何だかサッパリ分からないと思います。この記事に関しては、自身の反省材料として記載しています。

 

④これまでの検証・反省を踏まえて、どのようにすれば成功することができたのか。(2回目)

 

前回得られた検証結果として、「メディアという複雑なビジネスモデルではなく、単純な関係のビジネスモデル、すなわち自分が売主となって、お客さんに商品(有形・無形)を売る」にすべきであったと結論づけました。

 

一方、上記のような単純な関係のビジネスモデルには、スケーラビリティを描く際に必要な「スケールメリット」を享受しにくい、ということがあります。例えば、私が当該業界の生産者向けのwebサイト(ホームページ)を構築する、という事業を行ったとすると、ビジネスとしては非常に単純であり、スキル的にもウェブデザイン・コーディングがあればどうにかなりますが、スケールメリットを描くことは難しいです。

 

スケールメリットとは、生産量が拡大すると、それに伴い生産物を構成する資材を大量に購入することになるので、大量購入に伴う資材調達コストの低下によってもたらされる効果のことを言います。そういった意味では、webサイト構築は、有形プロダクトではなく、人間の知識と労働量によって完成される無形プロダクトですから、スケールメリットを享受できることはできません。webサイトを大量に生産しようとなれば、原理的には、とにかくヒトを雇い続けるしかありません。(もちろん、webサイト構築そのもののを劇的に効率化させるシステムを構築すれば別であります。ただし、この領域となると、メディア事業に求められるスキル以上のスキルが求められるので、また話が変わってきます。)

 

では、こういった無形プロダクトではなく、スケールメリットを得られる有形プロダクトを扱えばいいのか。現在、OEM業者というのは多数に存在し、自社で生産設備を持たなくても、有形プロダクトを、あたかも自社製品として販売する方法もあります。しかも、このOEM業者に大量発注できれば、その分、1個あたりの原価は下がることになります。

 

しかし、OEM業者にも発注の最小ロットなるものがあり、商品の形態にもよりますが、自分が扱おうとしていた商品は、最小発注ロットは1万個~ということで、1個当たり300円ということでした。ここで重要になるのは、1万個の在庫リスクの評価となります。まず、その1万個を売り切れる現実的な戦術はあるのか、もしくは市場はあるのか、次にその製品の消費期限はどの程度なのか、製品1個あたりの利益率はどの程度なのか、あたりとなります。

 

この観点に立った時に、製品1個あたりの利益率が非常に低いので、仮に1万個売り切ったとしても1人がギリギリ食っていく程度の収益しか得られないこと、現実的に1万個も売る戦術がない、ということでOEMを活用する可能性も描けません。

 

以上より、在庫リスクのある有形プロダクトで勝負するよりも、スケーラビリティは描きにくいけども在庫リスクの少ないwebサイト構築等の方が、まだビジネスとしてgoサインが出せるということになります。

 

では、どんなweb事業を行えば良かったのか。ホームページ制作では、確実にスケーラビリティを描けません。考える所は、単純なビジネスモデルで、在庫リスクがないにも関わらず、スケーラビリティの描けるwebを活用したビジネスモデルとなります。ちなみに、様々な書籍にはこれからの時代はプラットフォームだ、と書いてありますが、プラットフォームはある種のメディアですから、これも複雑なビジネスモデルに属します。そんな簡単にできるものではないのです。

 

それにしても、IPOできるレベルの事業を構想するというのは、本当に難しいと痛感します。せんみつ、と言われる所以が良く分かります。

 

長くなったので、ここまで。

 

シンゴ・クリハラ

検証3

 

※自分が行おうとしていた事業について、固有名詞等を語ることはないので、何が何だかサッパリ分からないと思います。この記事に関しては、自身の反省材料として記載しています。

 

④これまでの検証・反省を踏まえて、どのようにすれば成功することができたのか。(1回目)

 

事業コンセプト、ビジネスモデルが粗く、事業のスケーラビリティの弱さ等より、ヒト・モノ・カネの調達の見通しが立たないということが明確になりました。

 

一方、広告ビジネスとは、非常に多面的であり、というのは、生産者と生活者、そして、それを繋げるメディア、それぞれにとって利益がなければなりません。しかも、利益といっても、その質は異なります。まず、生産者にとっての利益とは、何と言っても売上高つまりお金による利益のことです。一方、生活者にとっての利益とは、情報の価値がもたらす利益となり、それはお金による利益というよりは、どちらかといえば精神的な利益となります。

 

一般論として生活者は見え透いた販売活動には辟易しています。ですから、モノを単に売り込もうとする広告コンテンツでは、生活者に精神的不利益を与える可能性があります。ですから、「広告を流す事で、自身の商品をもっと売りたい」という生産者の要求と、生活者の感受性は、原理的には対立するのです。ですから、メディアの役割は、この原理的対立を解消させる職人的スキルを持っていることが重要になります。こんなことは、メディア事業者及び広告事業者にとって当たり前の話なのだと思います。

 

ですから、そもそも広告ビジネスを行う事業者には、生活者と生産者の間を取り持つ職人的スキル、さらには、彼らを取り巻く様々な利害関係者に敵を作らないように配慮するような力量が求められます。このようなスキルは、例え自身の鼻が効く業界であったとしても、一度はメディア事業に携わらなければ得られないスキルだと思いますが、私にはありませんでした。だから、まず第1に考えられるのは、そもそも広告モデルではない利益モデルにするべきであったと考えます。

 

つまり、メディアという複雑なビジネスモデルではなく、単純な関係のビジネスモデル、すなわち自分が売主となって、お客さんに商品(有形・無形)を売るということです。

 

長くなったので、続きはまた後で。

 

シンゴ・クリハラ

検証2

 

※自分が行おうとしていた事業について、固有名詞等を語ることはないので、何が何だかサッパリ分からないと思います。この記事に関しては、自身の反省材料として記載しています。

 

③事業コンセプト、、ビジネスモデルを踏まえて、ヒト・モノ・カネを調達できる戦術はあったのか。

 

事業コンセプトとビジネスモデルがどんなに良くても、それを実行に移す、ヒト・モノ・カネがなければならない。一方、事業コンセプトとビジネスモデルが良ければ、勝手にヒト・モノ・カネはついてくると言われることもある。

 

これまでの検証で明らかなように、事業コンセプト、事業モデルはかなり粗いものであったことが確認された。ここが粗ければ、ヒトもモノもカネもついてこない。また、人を雇うということは、その人の人生を背負うこととになるので、自分自身の気持ちとして、本当に人を雇っていいのだろうか、と不安になることもある。

 

だから、事業の立上げ時には、自分と一緒に人生を賭ける、という熱い気持ちのある人と事業を行うべきであるが、ここにある種の甘えを持ってはいけない。というのは、概して情熱的になって「お金なんて要りません!!」といって飛び込んできたとしても、現実問題として、国家の構成員である以上、最低でも月々数万円の税金がかかるし、生活費だって相当切りつめても月々5万円以上はかかる。1人暮らしなら+5万円以上。つまり、手取りベースで、超最低でも12万円程度を渡さなければ、経営者として雇用するという役割を遂行できない、と考えて間違いないと思う(共同経営者とか株主だったら別ですが)。

 

 

もちろん、ストックオプション等の未来の可能性を従業員に売る、ということも大事だけど、まず直近の最低の生活くらい面倒みれないとね。しかも、ストックオプションならIPO(上場)することが前提になるわけだから、ある程度大きなビジネス構想がなければならないですし。

 

 

そういう意味では、ヒトに関して言えば、月々12万円を払える余力があったのか、そして、ストックオプションを発行できるほどのスケーラビリティ(事業の拡張性)はあったのか、この辺が現実的な問題として、上がってきます。

 

で、早速ですが、月々12万円払える余力などありませんでした。当初の立上げメンバーは3人程度と考えていましたが、となると月々36万円になります。余力がなければ、そのお金を生み出せばいい訳ですが、この事業モデルは広告ビジネスでありましたから、メディアとしての地位を得るまで収入を得ることができませんでした。そして、このメディアとしての地位を得るまで、かなりの初期投資がかかることになっており、一方、メディアとしての地位ができなければ、一銭も収入がなく、ヒタスラ赤字を垂れ流し続けるという構造になります。

 

事業のスケーラビリティとしては、自分のシュミレーションでは、当該業界で5年後に年商2億円程度という所が現実的なラインであると考えていました。年商2億円では、到底IPOなどできません。つまり、ストックオプションの発行によって、未来の可能性を従業員に売ってモチベーションを保つ、ということは不可能だと言わざるを得ません。

 

スケーラビリティがない、つまり事業のエグジット(IPOもしくはM&A)を描くことができなければ、少なくともVCやエンジェルからお金を調達することはできません。銀行は?という話もあるかもしれませんが、ベンチャーである以上、相当な固い商売でもしない限り、はなっから銀行から借り入れられることもできません。つまり、カネを調達することはできないのです。

 

よって、ヒトもダメ。カネもダメ。モノもダメでしょう。

 

そういうようなことで、ますます、このビジネスがいかに破綻していたか、ということが明確になってきました。

 

一方、どうすれば、この事業を成功させることができたのか、という思考実験もしなければならないと思います。

 

長くなったので、ここまで。

 

シンゴ・クリハラ

検証1

 

※自分が行おうとしていた事業について、固有名詞等をは語ることはないので、何が何だかサッパリ分からないと思います。この記事に関しては、自身の反省材料として記載しています。

 

①事業コンセプトと事業コンセプトを支えるトレンドは存在していたのか。

 

まず事業コンセプトの話の前に、利益モデルのことを考えます。自分が当初予定していた利益モデルとは、とある商品群の販売を促進するための広告ビジネスでした。そして、事業コンセプトの背景には「今後、当該業界の生産者は、この商品群を販売しなければならない。しかし、その商品群をうまく販売することが出来ていない。なぜなら、その商品群についての情報を、その商品群の消費者にキッチリと伝えていることができないからだ。だから、消費者へとしっかりと情報訴求することができる独自メディアを構築すれば、当該業界の生産者は、商品群をより販売するために広告を出稿するだろう」という仮説がありました。

 

まず、ここで考えなければならないことは、「当該業界の生産者は、この商品群を販売しなければならない。」という点です。つまり、生産者のロジックにたてば、確かに、この商品群を販売しなければならないことは確かなのですが、それは、その商品の最終的な使い手に、本当に必要であったのか、という点です。もう1つは、この生産者達は、この商品群を販売しなければならない、と唄っているわけですが、本音ベースで考えて見た時に、本当に逼迫するほどの勢いで、この商品を販売しなければいけなかったのか、ということです。

 

上記2つの質問に対する答えは、明確にYESと言えません。まず、その商品の最終的な使い手は、その商品を購入した方が、自身の原初的欲求を満たすとか、社会的欲求を満たす、ということは難しいからです。その商品にはブランドはありません。業界的には、これからはコレだ!!という雰囲気でしたが、明らかに供給者側の論理に立った人為的な作られたトレンドだったと、今思えば考えます。

 

次に、本当に、その商品は生産者は売りたかったのか、ということですが、これはYESだと言い切れます。ただし、その商品を、事業の軸とするまでには育てることは業界構造的に難しかったということもあり、業界で騒がれているほどには、生産者も、それらの商品を販売しなければならないと逼迫していたわけではありません。

 

②ビジネスモデル-当該業界における広告収益モデルは現実的であったのか-,そのビジネスモデルの研究はしていたのか

 

この業界での広告収益モデルとして先行していたのは、当該業界の専門雑誌、そしてウェブのポータルサイト。広告料金はオプションによって多岐に渡るが、専門雑誌であれば、タイアップ記事では1ページあたり10万円程度、ウェブポータルサイトであればA42枚程度のコンテンツ量で2.5万円程度。こういった広告モデルを歴史的に歩んできたわけであるから、広告主側(つまり生産者)も、この価格体系に引っ張られた予算枠を設けることになる。つまり、2.5万を最小単位とする予算枠内での収奪戦になるということは、少なくとも、新メディアの広告出稿量は、常識的に考えても2.5万円~10万円を基本単位とした計算方法、もしくは、完全に成果報酬モデルで生産者のリスクを減退させなければならなかった。

 

一方、①での検証の通り、生産者側としてもそこまで力を入れて販売しようとしていた商品ではなかったので、広告予算をかけるなら直近の確実に売上が経つものを対象とするはずであるから、結局、成果報酬モデルでなければ、中々現実的な課金方法とはならなかっただろうと思う。

 

 

長くなったので、ここまで。

 

 

シンゴ・クリハラ

敗軍の将、将語る

 

僕は起業に失敗しました。そう思っています。

 

失敗とは失敗と認めてしまうから失敗になる、という論法があります。確かに、どっかから2百万円くらいを借金をして、もっと継続していれば、もしかしたら光が見えていたのかもしれません。「そうすれば失敗ではなかった。だから、お前が失敗と認めたから失敗なんだよ。」と言われれば、その通りです、と答えます。

 

だから、結局の所、そういうリスクを踏めなかった自分の意思決定と、その意思決定を導いたビジネスモデルの貧弱さ、そして人を巻き込むことができなかった自身の情熱など、そういう事全て含めて失敗だったということだと理解しています。

 

大枠としては、そういうことですが、もっと詳細に、この失敗の原因は分析すべきだと考えています。そこからじゃないと始まらない訳です。

 

まず、どこから分析すべきか。

 

順番としては、

  1. 事業コンセプト
  2. 事業コンセプトを支えるトレンドは存在していたのか
  3. 2を示す客観的なデータはあったのか。ニーズは有ったのか。
  4. 競合との決定的な差別化要因はあったのか
  5. ビジネスモデル(課金方法)は現実的であったのか
  6. そのビジネスモデル(課金方法)の研究はしたのか
  7. 1~6を踏まえた上で、ヒト・モノ・カネを十分調達する戦術はあったのか
  8. その事業は既存市場なのか、新規市場なのか
  9. 参入のタイミングは、本当にいまだったのか
  10. 小さく始める方法はなかったのか
  11. 事業の拡張性を現実的に構想することはできなかったのか

 

なんだか、検証したいことが一杯出てきたので、また、明日記載してみようと思います。

 

シンゴ・クリハラ