与野祭り

 

友人のブログ http://ameblo.jp/stshingaku/ を拝見すると、我らが与野の祭りは300年も続く伝統があったそうだ。

 

まさか喧嘩神輿が伝統だったとは。自分が中学生の頃は、なぜ、この祭りになると、みんな喧嘩をするのか、良く理解できていなかったが、喧嘩を含めてお祭りだったのね、と解釈してスッキリした。

 

こういう伝統を大切にしたいわね。

 

シンゴ・クリハラ

埼玉 放射線量

 

友人と一緒にガイガーカウンターを購入し(ただし、自分はまだお金を払っていない。後で、必ず半分の金額は払います)、地元埼玉の放射線量を計測した。

何より、子供が心配です。自分には姪が3人いて、本当にかわいくてかわいくて仕方がない。3人の内の一人は埼玉に住んでいるので、埼玉の放射線量が気になって早速測ってみた。

ちなみに場所はさいたま市中央区です。

 

結果、室内で1時間あたり0.08-0.16マイクロシーベルトの間でした。0.12マイクロシーベルトを表示する時間が一番長かったという点で、大体0.12マイクロシーベルトという認識で良いのではないか、と思います。

 

WHOの発表では年間の被爆線量基準として1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)としているので、1時間あたり0.11マイクロシーベルトが基準値としなります。個人的には、少なくともさいたま市中央区は安全であると思いました。ガイガーカウンターの誤差含めて、約基準値であるというこを確認しましたので。

 

こういう記事を書くと、もし基準値以上のとんでもない値が出てしまっても、どうせ何も出来ないのだから、放射線を計測してもしょうがないでしょ、と言われてしまうかもしれませんが、そういう質問をしてくる人は、何の立場でその質問をしているのか聞いてみたいと思います。自分は、とにかく現実直視することから、全てが始めると考えています。現実を直視しないことの利益は、その場凌ぎにしか過ぎません。とんでもない値が出ていて、そのリスクを見極める意思決定を行える動きをとれるかどうかが、一番大事だと。だから、ガイガーカウンターで実験的にしか過ぎませんが、測ったみたのです。

 

引き続き時機を見て測ってみて、この場で発表しようと思います。

 

シンゴ・クリハラ

コンビニの駐車場で 埼玉

 

深夜、コンビニの駐車場に居座って、ジャスミン茶を飲みながら、友人とアレコレと語っていました。

 

ものすごく開放感があり、これぞ生きているって思いました。

 

深夜のコンビニ駐車場は、車もなく、だだっ広いスペース全てが自分のもののように思えます。但し、たまにワゴンRを飛ばしてくるヤンキーが来るので、態度を大きくし過ぎるのも注意が必要です。

 

自分が新宿に住んでいた頃は、どこもかしこもビルだらけで、コンビニはあるけど広大な駐車スペースなんてあるはずもなく、公園を探しては、その公園で色々と思案してました。でも、その公園ではコンビニ駐車場のような開放感は得られません。なぜなら、ちょっと視点高くすると、近くにビルが見えて、少し圧迫感があるからです。

 

一方で、埼玉の、というか昨夜のコンビニは牛ガエルの声が響いているほどの田んぼ地帯にある所で、あたり一帯、ビルなんてものは存在しない。

 

こういうのも埼玉っつうか田舎の良い所なのかもしれませんな。

 

シンゴ・クリハラ

 

埼玉県の特殊性

 

僕は埼玉県の出身です。今も埼玉に住んでいます。そんな埼玉生活の中で思う事。それは、この埼玉という所は、非常に特殊だということです。

 

その特殊性とは、高度に均質化・標準化されているということです。ここまで均質化・標準化されている県も少ないのではないのかな、と思うのです。

 

ここで言う均質化・標準化とは、埼玉県(特にさいたま市)にある商品やビジネス形態、人の動き及び思想が、金太郎飴のように同じということです。具体的に言えば、お店はほぼチェーン店しかない、住んでる人は東京と埼玉の行き来を繰り返すのみで埼玉を盛り上げようという気運がない、ということです。そんなこと言ったら、千葉や神奈川だって、同じじゃないか、と言われれば反論できません。ただ、自分が言いたいことは、神奈川や千葉と比べても、その金太郎飴具合が非常に高いのではないか、と思うのです。要は程度問題として、埼玉の均質化・標準化の純度が高く、むしろ、それが特殊性にまで昇華してしまっているような感じがします。

 

この金太郎飴純度を測る指標の1つとして上げられるのが、地元完結のお店が少ない、ということです。昔から存在する床屋・美容院や八百屋はある程度存在しますが、ここ10年の間に、カフェとかケーキ屋、雑貨屋、洋服屋が出来た形跡はあまり見られません(もちろん、いくつか出来ていることも確認していますが、圧倒的に少ないです)。もしくは、細分化されたニーズに応えようとするお店、例えば、アンティーク専門店であったり、器屋等も存在しない。

 

だからといって、住みにくい訳ではありませんし、自分は、埼玉が好きであることは間違いありません。ただ、この埼玉が好きだからこそ、東京ばかりを見ていないで、自分達の足元を見て見ようよと言いたくなる気持ちがあり、この気持ちを大事にする限りにおいては、埼玉に幻滅する部分もあるのです。

 

でも、このことは、埼玉という街に何らかの変化をもたらせば、そこには大きなチャンスがあることの裏返しであるとも思うのです。だから、このブログ上で、色々と埼玉で行えそうなことを妄想して、実現可能性がありそうならば、それを挑戦してみようと思います。

 

シンゴ・クリハラ