検証1

 

※自分が行おうとしていた事業について、固有名詞等をは語ることはないので、何が何だかサッパリ分からないと思います。この記事に関しては、自身の反省材料として記載しています。

 

①事業コンセプトと事業コンセプトを支えるトレンドは存在していたのか。

 

まず事業コンセプトの話の前に、利益モデルのことを考えます。自分が当初予定していた利益モデルとは、とある商品群の販売を促進するための広告ビジネスでした。そして、事業コンセプトの背景には「今後、当該業界の生産者は、この商品群を販売しなければならない。しかし、その商品群をうまく販売することが出来ていない。なぜなら、その商品群についての情報を、その商品群の消費者にキッチリと伝えていることができないからだ。だから、消費者へとしっかりと情報訴求することができる独自メディアを構築すれば、当該業界の生産者は、商品群をより販売するために広告を出稿するだろう」という仮説がありました。

 

まず、ここで考えなければならないことは、「当該業界の生産者は、この商品群を販売しなければならない。」という点です。つまり、生産者のロジックにたてば、確かに、この商品群を販売しなければならないことは確かなのですが、それは、その商品の最終的な使い手に、本当に必要であったのか、という点です。もう1つは、この生産者達は、この商品群を販売しなければならない、と唄っているわけですが、本音ベースで考えて見た時に、本当に逼迫するほどの勢いで、この商品を販売しなければいけなかったのか、ということです。

 

上記2つの質問に対する答えは、明確にYESと言えません。まず、その商品の最終的な使い手は、その商品を購入した方が、自身の原初的欲求を満たすとか、社会的欲求を満たす、ということは難しいからです。その商品にはブランドはありません。業界的には、これからはコレだ!!という雰囲気でしたが、明らかに供給者側の論理に立った人為的な作られたトレンドだったと、今思えば考えます。

 

次に、本当に、その商品は生産者は売りたかったのか、ということですが、これはYESだと言い切れます。ただし、その商品を、事業の軸とするまでには育てることは業界構造的に難しかったということもあり、業界で騒がれているほどには、生産者も、それらの商品を販売しなければならないと逼迫していたわけではありません。

 

②ビジネスモデル-当該業界における広告収益モデルは現実的であったのか-,そのビジネスモデルの研究はしていたのか

 

この業界での広告収益モデルとして先行していたのは、当該業界の専門雑誌、そしてウェブのポータルサイト。広告料金はオプションによって多岐に渡るが、専門雑誌であれば、タイアップ記事では1ページあたり10万円程度、ウェブポータルサイトであればA42枚程度のコンテンツ量で2.5万円程度。こういった広告モデルを歴史的に歩んできたわけであるから、広告主側(つまり生産者)も、この価格体系に引っ張られた予算枠を設けることになる。つまり、2.5万を最小単位とする予算枠内での収奪戦になるということは、少なくとも、新メディアの広告出稿量は、常識的に考えても2.5万円~10万円を基本単位とした計算方法、もしくは、完全に成果報酬モデルで生産者のリスクを減退させなければならなかった。

 

一方、①での検証の通り、生産者側としてもそこまで力を入れて販売しようとしていた商品ではなかったので、広告予算をかけるなら直近の確実に売上が経つものを対象とするはずであるから、結局、成果報酬モデルでなければ、中々現実的な課金方法とはならなかっただろうと思う。

 

 

長くなったので、ここまで。

 

 

シンゴ・クリハラ

与野祭り

 

友人のブログ http://ameblo.jp/stshingaku/ を拝見すると、我らが与野の祭りは300年も続く伝統があったそうだ。

 

まさか喧嘩神輿が伝統だったとは。自分が中学生の頃は、なぜ、この祭りになると、みんな喧嘩をするのか、良く理解できていなかったが、喧嘩を含めてお祭りだったのね、と解釈してスッキリした。

 

こういう伝統を大切にしたいわね。

 

シンゴ・クリハラ

敗軍の将、将語る

 

僕は起業に失敗しました。そう思っています。

 

失敗とは失敗と認めてしまうから失敗になる、という論法があります。確かに、どっかから2百万円くらいを借金をして、もっと継続していれば、もしかしたら光が見えていたのかもしれません。「そうすれば失敗ではなかった。だから、お前が失敗と認めたから失敗なんだよ。」と言われれば、その通りです、と答えます。

 

だから、結局の所、そういうリスクを踏めなかった自分の意思決定と、その意思決定を導いたビジネスモデルの貧弱さ、そして人を巻き込むことができなかった自身の情熱など、そういう事全て含めて失敗だったということだと理解しています。

 

大枠としては、そういうことですが、もっと詳細に、この失敗の原因は分析すべきだと考えています。そこからじゃないと始まらない訳です。

 

まず、どこから分析すべきか。

 

順番としては、

  1. 事業コンセプト
  2. 事業コンセプトを支えるトレンドは存在していたのか
  3. 2を示す客観的なデータはあったのか。ニーズは有ったのか。
  4. 競合との決定的な差別化要因はあったのか
  5. ビジネスモデル(課金方法)は現実的であったのか
  6. そのビジネスモデル(課金方法)の研究はしたのか
  7. 1~6を踏まえた上で、ヒト・モノ・カネを十分調達する戦術はあったのか
  8. その事業は既存市場なのか、新規市場なのか
  9. 参入のタイミングは、本当にいまだったのか
  10. 小さく始める方法はなかったのか
  11. 事業の拡張性を現実的に構想することはできなかったのか

 

なんだか、検証したいことが一杯出てきたので、また、明日記載してみようと思います。

 

シンゴ・クリハラ

人の多様性

 

最近、色々な人に会っている。

 

ただ色々な人に会っているだけでなく、自分はどういう人間なのかと探りを入れられる状況です。要は、面接しているということです。

 

面接は、自分はどういう人間なのか、と探りを入れてくるわけですから、その質問内容や態度によって、実は相手側のことも分かってくる。

 

例えば、自分が質問に対して、ものすごく抽象的な事しか言えていなくて、完全に突っ込まれるだろうとヤバいと思いながら話しているのにも関わらず、「なるほど」と言って、それで会話は途切れてしまうパターンもあれば、一方、そこに弱点の臭いを嗅ぎつけて、突っ込みを入れまくってくる人もいる。

 

突っ込みを入れるやり方も多様で、私の本質・理念を探ろうとしている突っ込みもあれば、単に議論で負かせようとしているだけの突っ込みもある。

 

とにかく、面接対策という次元で考えてみれば、相手に媚を売ってナンボの世界である感は否めないし、その企業で働かせて頂く以上は、そうすべきである。一方、人間観察という次元で考え、色々な人々と互いに探りを入れながらある種の交渉を行っていると捉えると、面白くてしょうがいない。面接相手と自分との価値感の断絶を通じて、相手のことも良く分かるし、逆に自分の無意識的な価値がより明確になっていく。

 

そんなことを思っていると、働かせて頂けないのでしょうな。

 

シンゴ・クリハラ

今日のこと 後輩の素晴らしい決断

 

今日は上尾に住んでいる後輩と久々に会った。

 

彼は銀行員になり、個人向けの金融商品の営業となったけど、価値変動する商品を販売する仕事に嫌気がさして、早々に会社を辞めたのです。リーマンショックの時期と重なったこともあり、確実に損をするような商品を売らなければならないということ、また実際に売った人に大損をこかせてしまったことなどを鑑みて、気の優しい彼は、こんなことをするために社会人になったのではない、と会社をやめました。

 

それで、2年間悶悶と暮らし、遂に公務員筆記試験を通って、後は、面接のみ!!ということでした。多分、人柄的も良いし、話も上手いし、絶対合格すると思います。

 

で、彼は、銀行を辞める時に、色々な人から、もっと粘れと言われたそうです。そりゃ、そうでしょう。だって銀行を1年2ヵ月でやめようとしたのですから。石の上にも3年とか言いますし。

 

でも、彼に今日会った様子をみていると、その時、周りの人からなんと言われようと会社を辞めるという意思決定をして良かったのだな、と思います。結果論になってしまいますが、その意思決定が出来なければ、いやいやのサラリーマン生活を続けていくことになったのかもしれないのです。

 

決断とは、断ることを決めることです。つまり、自分の在りえた未来の可能性を捨てることを意味します。でも、それによって新しい道ができる。彼は、自らの決断によって、銀行員としての未来をほぼ捨てたことになりましたが、公務員としての道を見出したわけです。

 

自分も色々な未来の可能性を捨てました。そして、同時に新たな道が見えてきました。そして、そのことに、まったく後悔はありません。人には、何故後悔していないの?と聞かれますがね。

 

そういうこともあって、彼のことを一生懸命に応援してきたいと思いました。

 

シンゴ・クリハラ

シェア経済

 

今日(2011/06/28)のNHKのクローズアップ現代でシェア経済を取り上げていました。

 

母と祖父、自分でこの番組を観てまして、シェア経済に対する母と祖父のコメントそれぞれが非常に印象的でした。

 

母「今の若い人達は、みんな寂しいのかねぇ」と。

 

一方、祖父「ん~~。理想的なこと言っているけど、ビジネスだろ。」

 

どちらも間違っていないと思った。

 

「共有」というキーワードは、人間の消費欲求や所有欲に対するアンチテーゼとして盛んに語られています。しかし、人間の所有欲は、非常に原初的欲求である気がしますし、この所有欲を否定することはできないと思います。

 

一方、共有欲みたいなものは原初的欲求であるとは思えません。どちらかと言えば、共有することによって得られる経済的効果を期待するという因果経路がシックリきます。もしくは、人と共有することによって、新たな人と人との繋がりを期待したり、他人からの承認を求める欲求。こちらは原初的な欲求なのかな。

 

いずれにせよ、「共有」によって新たなに生まれてくる経済現象を、何か人間の中に新たな崇高な理念が育まれたという風な解釈で洞察するよりも、インターネット技術が切り開いた新たなビジネスモデルだと捉えて、そのビジネスモデルは人間の原初的欲求を満たしうるのかどうかと考えるべきだと思いました。

 

母と祖父という、インターネット事情にバイアス無しの人の意見から思い到りました。

 

 

シンゴ・クリハラ

埼玉 放射線量

 

友人と一緒にガイガーカウンターを購入し(ただし、自分はまだお金を払っていない。後で、必ず半分の金額は払います)、地元埼玉の放射線量を計測した。

何より、子供が心配です。自分には姪が3人いて、本当にかわいくてかわいくて仕方がない。3人の内の一人は埼玉に住んでいるので、埼玉の放射線量が気になって早速測ってみた。

ちなみに場所はさいたま市中央区です。

 

結果、室内で1時間あたり0.08-0.16マイクロシーベルトの間でした。0.12マイクロシーベルトを表示する時間が一番長かったという点で、大体0.12マイクロシーベルトという認識で良いのではないか、と思います。

 

WHOの発表では年間の被爆線量基準として1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)としているので、1時間あたり0.11マイクロシーベルトが基準値としなります。個人的には、少なくともさいたま市中央区は安全であると思いました。ガイガーカウンターの誤差含めて、約基準値であるというこを確認しましたので。

 

こういう記事を書くと、もし基準値以上のとんでもない値が出てしまっても、どうせ何も出来ないのだから、放射線を計測してもしょうがないでしょ、と言われてしまうかもしれませんが、そういう質問をしてくる人は、何の立場でその質問をしているのか聞いてみたいと思います。自分は、とにかく現実直視することから、全てが始めると考えています。現実を直視しないことの利益は、その場凌ぎにしか過ぎません。とんでもない値が出ていて、そのリスクを見極める意思決定を行える動きをとれるかどうかが、一番大事だと。だから、ガイガーカウンターで実験的にしか過ぎませんが、測ったみたのです。

 

引き続き時機を見て測ってみて、この場で発表しようと思います。

 

シンゴ・クリハラ

コンビニの駐車場で 埼玉

 

深夜、コンビニの駐車場に居座って、ジャスミン茶を飲みながら、友人とアレコレと語っていました。

 

ものすごく開放感があり、これぞ生きているって思いました。

 

深夜のコンビニ駐車場は、車もなく、だだっ広いスペース全てが自分のもののように思えます。但し、たまにワゴンRを飛ばしてくるヤンキーが来るので、態度を大きくし過ぎるのも注意が必要です。

 

自分が新宿に住んでいた頃は、どこもかしこもビルだらけで、コンビニはあるけど広大な駐車スペースなんてあるはずもなく、公園を探しては、その公園で色々と思案してました。でも、その公園ではコンビニ駐車場のような開放感は得られません。なぜなら、ちょっと視点高くすると、近くにビルが見えて、少し圧迫感があるからです。

 

一方で、埼玉の、というか昨夜のコンビニは牛ガエルの声が響いているほどの田んぼ地帯にある所で、あたり一帯、ビルなんてものは存在しない。

 

こういうのも埼玉っつうか田舎の良い所なのかもしれませんな。

 

シンゴ・クリハラ

 

WordPressを使用する理由

 

昨日の記事に続いて、Wordpressを使う理由=メリットを記載します。

 

  1. 無料テンプレート数が莫大で、かつカッコイイものが多い。このブログも無料テンプレートです。
  2. プラグインが莫大で、機能拡張が容易。例えば、フラッシュを設置することも簡単です。
  3. ページを作成できる。ブログのように時系列で更新されていくものではなく、常に存在するページ、例えば企業概要等を簡単に作成できる。つまり、従来型のホームページを容易にwordpressでは作成することもできる。(ちなみに、クックパッドの企業HPや暮らしの手帳社TechCrunchJapanもwordpressで運用されています 。詳しくはこちら
  4. 独自のドメインを取得できる。~~~.comみたいな。amebaとかだと、ameblo.jpとかになりますよね。

 

一方で、デメリットもあります。それは、下記です。

 

  1. amebaのようにコミュニティが形成されていないから、PVの立上げが難しい。

 

とまぁ、色々と書こうと思えばあるのですが、wordpressを使用する一番の理由は、wordpressがオープンソースというネット社会の伝統的な思想を継承している点なのだと思います。この思想を体現しているからこそ、上記に上げたメリットが出てくるのだと思います。

 

一方、デメリットで上げたように、ソーシャル性の低さは1つの弱点であるようにも思いますが、そこはtwitterやfacebookとの連携で何とかカヴァーできるのではないか、と考えています。

 

シンゴ・クリハラ

WordPressについて

 

 

このブログはwordpressという、世界で最も使用されているCMS(コンテンツ・マネジメントシステム)で運用しています。こんな事を書いていると、自分がどれだけネット音痴であるのか、ということを暴露することに等しいわけですが、レイトマジョリティーな人々もたくさんいるわけですから、そういう人々向けに、この記事を書いてみようと思います。

 

まずCMSについてです。本来、ウェブ上で、何かを表現しようとする場合には、htmlとcssという「ブラウザの画面上で何かを表現する時のルール」のようなものに従って運用しなければならないわけですが、多くの人々がブログ等でhtmlとcssの知識がなくても、ブラウザ上で自由に自己表現が可能なっています。かなり粗っぽく言えば、このhtmlとcssの知識がなくても、ワードのように文字入力さえすれば、その通りにブラウザ上で表現をさせてくれてる張本人がCMSなわけです。もちろん、CMSはhtmlとcssの変換作業を行っているだけでなく、ブラウザ画面上でユーザーがクリックした時に、過去の記事や画像を格納しているデータベースから、クリックされたものを引っ張ってくる動的な運用も行ってくれます。

 

そういうようなことで、CMS、つまり、コンテンツマネジメントシステムという名前が示す通り、ある人のコンテンツ、例えば文章であったり写真であったり動画であったりを、管理=マネジメントするシステムであると考えてもらえれば良いかと思います。

 

で、日本国内でたくさん存在するameba等のブログというものも、広義のCMSの1種でありますので、日本で最も活用されているCMSは何か、と問われればamebaだと言うことになるのだと思います。

 

一方、wordpressとは世界で最も活用されているCMSということになります

 

世界で1番使われているからというのが、お前がwordpressを使う理由なのか、と言われれば、そうではありません。

 

 

<続きは後日書きます。>

 

シンゴ・クリハラ