中世人の花会と茶会

大好きな根津美術館での次回展示会です。「中世人の花会と茶会」ということで、まさにって感じのテーマです。

日本美術の頂点は、現代という時代の起点にして考えるならば、おそらく中世=桃山~江戸であったと思います。それは、戦国時代という死と隣り合わせの時代状況において、死へと突き進む武士が嗜むべき精神世界としての禅、この禅と茶を融合させた千利休のストイックなまでの美的感覚は、現代においても越えられない大きな壁であると思います。利休は、自分の美学のために切腹をしました。切腹という行為自体が、日本文化において、自身の生そのものを美へと昇華させるための通過儀礼として策定されたはずですが、利休は、自身の美学のために、最大の美的行為で自身の生を閉じる、という2重の意味での美を実現させた人です(織部も同様ですが、利休の影響は大きいと思います)。「あなたは自分の美のために、自ら死を選ぶことができますか?しかも、それは、意志的に自身の力で腹切らなければならないのです。」と問われれば、誰もがたじろぐだろうと思います。もちろん、こんな質問は、時代背景も違うのだから、まったくもって的外れでしょう。それでも、単純比較はできないにしても、この美を超えるのには、相当な意志が必要であることを、ある種の恐怖にも似た想いで感じることができます。

話は脱線してしまいましたが、利休が築いた美の礎と、その後に展開される江戸という世界史的にも類まれな安定的な時代を過ごしていた日本は、町人文化が花開きます。なぜ安定的な時代が町人文化を花開かせたと言えば、おそらく、それは安定的な社会が、はじめて町人達に自分の生について考える「時間」を与えたからだと思います。そいうようなことで、桃山から江戸初期にかけて、武士階級が気づいた超ストイックな美学は、江戸中期にかけて、町人へと様々な変異を辿りながら影響を与え、社会階級的に最も低い町人から発信される「文化」が出来上がったと解釈しています。

単純にまとめ過ぎている感はありますが、そんなところです。まったく、根津美術館の展示会の紹介とは、関係のない話になりましたが、そんなところです。

最後に根津美術館の庭のギャラリーを記載しておきます。是非!!(写真をクリックすると次の写真へいけます)

根津美術館HP ↓
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/next.html

シンゴ・クリハラ

 

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