熊谷守一という人

ふと熊谷守一という人に出会った。ある骨董関連の本を読んでいる中で出てきた。この人の作品を観た時に、なんじゃこれは、と思った。こんな絵見たことない。言葉にはできない何か。その後、ウィキペディアで調べて見ると、ますます、熊谷守一という人が気になった。その風貌は、ウォルトホイットマンを想起させるような出で立ち。

 

 

色々とこの人を調べていく中で、こういう人がいてくれて本当に良かった、と思うのである。彼ほど自分の内面に向き合い正直に生きた人はそうはいないと思う。彼の内面にしめる偉大な好奇心の源泉は、自然、動物、虫や精密機械への興味と観察だったようである。特に、その執拗な観察眼はずば抜けている。モリさん(熊谷守一のこと)は、こんなことを言っていた。
 

地面に頬杖をつきながら、蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、蟻は左の2番目の足から歩き出すんです

 

 

モリさんの、この観察眼は、何も自然や動物だけが対象ではなく、広く芸術全般、人間・社会へも続いている。
 

絵にも流行りがあって、その時の群衆心理で流行りに合ったものはよく見えるらしいんですね。新しいものが出来るという点では認めるにしてもそのものの価値とはちがう。やっぱり自分を出すより手はないのです。何故なら自分は生まれかわれない限り自分の中に居るのだから。

 

 

そして猫好きなのもいい。


 

 

 

私達は熊谷守一という人の作品・そして生き様を知ることで何を学ぶのか。それは、日常に潜む美(命)への目である。

 

45年この家から動きません。この正門から外へは、この30年間出たことはないんです。でも8年ぐらい前一度だけ垣根づたいに勝手口まで散歩したんです。あとにも先にもそれ一度なんです。

 

(ここまでくると唖然としてしまう感も否めないが)モリさんは自身の庭先にある虫や鳥、植物の美を観つづけることを生きがいとしていた。しかも、それは、97歳でその生涯を閉じるまで、常に、初めてそのものを観るかのような好奇心で接してたようである。

 
モリさんの夫人はこう語っていた。

 

熊谷は絵を描くとき、いつでもはじめて絵というものを描くといった様子で描きはじめるように、はたで見ていると思われます

 

千川の駅から徒歩10分弱の住宅街にモリさんが住んでいた家を改築した小さな美術館がある。一度足運んで頂きたい。
 

 
シンゴ・クリハラ

Category ESSAY